里見清一

高齢の病人にとって、精神の安定を得るべき「今までの日常(の続き)」は、自分の病気のことに他ならない。 かつて私は、86歳の高齢でもなお化学療法に執着する肺癌患者Yさんのことを書いたことがある。 副作用をみかねて、さすがにもうやめようと、私は彼を説得して治療を中止した。 その途端、副作用が抜けた分だけ身体は楽になったはずなのに、Yさんは腑抜けのようになってしまった。ご家族によると、「他にすることもないので、とにかく病気のことばかりをずっと考えている」ということで、私は頭を抱えてしまった。 Yさんにとって、副作用や病状の変化(それは本人の自覚症状に出ない、血液検査の数値や画像での病巣サイズなどが主である)に一喜一憂することこそが「生き甲斐」であったのだ。